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懐かしく寂しい香り

JUGEMテーマ:フィッシング

 思えばまだ子供の頃に、虹マスの放流日ともなれば必ず兄貴のチャリンコの後を追いかけ、あちらこちらの渓へと飛び回っていた記憶が有る。
2つ年上の兄貴は釣りが大好きで、渓流・ワカサギ・鯉のぶっこみと色々とこなす『釣りキチ』だった。
そんな『釣りキチ』だからこそ、『釣りキチ三平』の単行本はすべて揃っていたほどだ。
もちろん道具など安物で釣りの知識など全く無く、兄貴の釣りを見よう見真似で行っていた。
そんなだから沢山の魚を手にした記憶などほとんど無い。
それでも釣りの前日から興奮して眠れないほど、純粋に釣りが好きだった。
そんな子供を大人達は邪魔者扱いで、お祭りでもした日には純粋な子供の仕掛けを切ってしまう始末・・・。
そしていつしか大人が怖い存在に思えて、渓へとは足を運ばなくなった。

 あの頃はヤマメ・イワナなど夢のまた夢で、初めて釣った掌にも納まるほどの小さなヤマメでさえ宝物に思えて嬉しかった事を未だに思い出す。
後にも先にもその小さな小さなヤマメが、幼少期の私の唯一の宝物となった。
それと似た感覚を再び味わうのは、私が結婚をした26歳の頃。
実に15年以上の月日を経て、同じ感覚を再び味わえるとは夢にも思わなかった。

 成人した私は趣味と呼べるものなど殆ど無く、少しばかり長続きしたのはスキー・スノボーくらいだろうか?
それも異性目当てで、少しでも異性に良い所を見せたくてがむしゃらに練習した時期が有った。
その他と言えば、異性を求めて夜の町を徘徊する日々に明け暮れていた。
そんな私も今のカミさんと恋?に落ち、いつしかカミさんのお腹に命が宿っていた。
正直まだ結婚など考えていなかった私は逃げる事も考えたが、首根っこを押さえ込まれ覚悟を決めざるを得なくなった。

 籍を入れ数ヶ月経った或る日、同僚の後輩と何気なく交わした会話の中に『釣り』が有った。
どうやら流行り物が好きな後輩は、釣りは釣りでも当時流行り出しの『フライフィッシング』に興味が有ったようだ。
私はフライフィッシングなど初めて耳にした釣りだったが、幼少期を思い出しながら懐かしい昔話に花が咲いた。
そしていつしか『一緒に釣りを始めようじゃないか』と話は進んで行った。
そうなると問題は道具を買う軍資金だったが、何とかカミさんを説得して了解を得た。
翌日には後輩と共に釣具屋へ出掛け、後輩はフライのセット売り品を買い、私は型遅れでセール品の餌釣り竿を購入した。
そしてその足で地元の渓、確か碓氷峠のめがね橋の下の流れへと出掛けた。
子供の頃には川の中に入って釣る事などした事が無かったので、そのままの知識で長靴を履いて渓へと降りた。
もちろん長靴では川底が滑り歩行もままならず、長靴の中はすぐに水浸しで用を足していなかった。
恥ずかしながらウェダーやフェルトと言う言葉を知ったのもこの後であった。
釣り上がりに苦戦しながらも、昔の勘を頼りにポイントに餌を入れるも反応さえ無かった。
フライ初挑戦の後輩もキャストさえ出来ないのだから釣れる筈もなく、二人とも一旦歩道に上がる事にした。
歩道を上流に向かい歩くと、歩道にに沿って流れがぶつかるポイントが有り、良い感じの流れとなっている。
後輩が歩道から竿を伸ばし提灯釣りで流れに毛鉤を置いた瞬間、激しく水飛沫が上がり同時に後輩も驚いて竿を上げた。
一瞬何が起きたのか二人とも理解出来ず顔を見合わせて呆然としてしまった。
ふと我に返り跳ね上げた竿先の仕掛けを見ると、木に引っ掛かり回収不可能の現状に気付き笑った。
そしてグシャグシャに絡まった仕掛けの先に、何やら茶色い枯れ葉のようなものが付いているのに気付いた。
それは枯れ葉などではなく、10cm程では有ったが私の生涯で初めて生で見る『イワナ』だった。
まさに『目から鱗』とはこの事だった。
それもそのはず、後輩の釣りを見ていて『そんな釣りで釣れっこ無いじゃん』と思っていたからなのだ。
つい先程まで『釣れない釣り』と思っていたフライが、その瞬間は『いま1番釣れる釣り』と豹変してしまい、後輩にフライを1本おねだりしていた。
思えばその時のフライこそ、今でも1番の信頼を置いている『エルク・ヘアー・カディス』だった。
餌釣りの仕掛けの先にエルク・ヘアー・カディスを結び、私も提灯釣りでポイントへと毛鉤を置いてみた。
すると先程とは違い何処からか魚が毛鉤目掛けて『スゥー』と浮いてきて、毛鉤をゆっくりと口にした。
まるでスローモーションでも見ているかのように、時間がゆっくりと流れた気がした。
そして幼少の頃のあの何とも言えない気持ちが再び私の中から込み上げ、何か懐かしく何故だか少し寂しくなる香りが鼻の奥で薫った。

 最近の私はどうだろう?と自分に問いかけてみた時、大物を釣った時の喜びは有れど、あの時のような新鮮な心の底からの喜びは無いように感じる。
むしろ釣れないで悩んでいるビギナーの後輩達が羨ましくも思う事も有る。
だって今は釣れなくてもこれからあの喜びを味わう事が出来るのだから。
出来る事なら記憶を捨てて、もう1度最初から釣りをやり直したいと思う程だ。
そしていま床に就いて目を閉じると、フライを始めた頃の渓に立った瞬間の映像と共に何故だか寂しくなる香りが鼻の奥に薫るのだ。
こりゃやばい、かなり重症のようだ。
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鈍った釣覚

 5月18日(水)

年々遅くなる解禁、今年はこんな時期になってしまった・・・。
近場の渓はきっと最盛期を迎えた頃だろうが、山菜も同時に企んでいた為少し標高を稼いで足を伸ばしてみた。

天気は良いものの風は少し肌寒く、午前中は山菜に没頭。
昼を少し回り気温も上がり魚の活性が上がり始めた頃にようやく入渓。



始めは魚影も確認出来ず反応が全く無かったものの、2時間も釣り上がったあたりから反応が出始めてきた。
しかし釣れてくるのはチビちゃんばかりで、大物は足元で走られたりキャストミスの連続で失敗ばかり。
サボっていた代償がとても大きいと痛感させられる。
それでもようやく何とかまずまずの魚を釣る事が出来た。



この渓へ足を運ぶのは数年振りだが、以前より良型が増えたように感じる。
以前は15~20㎝程がアベレージで、25cmも有れば良しと言った感じだったが、今回はそれを上回る魚体をいくつも確認出来た。
勿論それらの魚を釣るのは失敗に終わったが・・・。

だいぶ時間も経ちそろそろ引き返そうと思った時、最終ポイントに相応しい大場所が現れた。
そっとしゃがみ込みポイントを覗くと、大小のいくつかの魚影が確認出来る。
ラインを出しフォルスキャストを最少に抑えアプローチすると、今回最大となる綺麗なイワナが最後を飾ってくれた。



半日を山菜に半日を釣りに、何と贅沢な1日なのだろう。
しかし今回はサボっていた為に釣覚がだいぶ鈍っていた。
なんどフライを木の枝に引っ掛けポイントをダメにしてしまった事だろう?
なんど不用意に近づき魚を走らせてしまった事だろう?
なんど攻めるポイントの順を間違えポイントごとダメにしてしまった事だろう?
これから迎えるシーズンに対処出来るよう、徐々にリハビリをしなくてはと思い知らされた1日でも有った。

プロフィール

wild wood

Author:wild wood
 
春から秋は渓流でのフライフィッシング、秋から春はワカサギを楽しんでいる中年。
渓流では数よりサイズを求め、秘境を探し渓を彷徨い歩く。
ワカサギは10束を目標に自作の道具を考案中。

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